
健康な森か、そうでないか。山へ入ってみて、それがわかることは多いですね。日本の森は結構荒れてしまった森が多い。富士山の御坂山塊は、間伐をしていないので、海底のように真っ暗なところがあります。

日光がまったくはいらないので、地面に草が生えない。
僕は、ヒマラヤに行く前に明治神宮に行くのですが、明治神宮の森は人間がつくった森ですが、自然林的な雰囲気がありますね。僕は、てっきり昔から森だと思っていたのですが、実は原っぱだったそうです。そこに森ができた。
興味を持って、明治神宮にいろいろお聞きしたいとお願いしたら、案内してくれました。明治天皇が亡くなって神社をつくったそうですね。そして、その当時の人が、どういう森をつくるかということで、絵を描いているのです。100年経ったときに、完成する"自然な森"とはどういう森か。最初の木が生えて、それが枯れて、また次の木が生えて、それも枯れて、3世代目に出来上がるという。生き物が棲息していく森を極めて細かく設計していたことがわかったのです。いま、あの森の中には野鳥が何百種類もいる。戦後間もなくは、4つ足動物もいたらしい。驚きましたね。それで思ったのです。人間というのは壊すこともできるけど、同時につくることもできる、と。
その後に伊勢神宮にも行きました。伊勢神宮は式年遷宮といって20年おきに社殿を解体している。特に大鳥居には、樹齢何百年という大木が必要になる。自分たちの世代だけではそのような木は育ちませんから、子ども、そして孫の世代に受け継ぐそうです。孫の世代になってようやく、その木が育つ。そういう大きなスケール感のなかで生きている。森を育てている人たちのコミュニティとはそうした独特の世界観ですよ。

ノーベル平和賞を受賞したケニアの女性活動家のマータイさん(ワンガリ・マータイ 1940~2011)のグリーンベルト活動に2回参加して、対談もさせてもらいました。彼女は独裁政権下で生きた人で、投獄もされていますが、そんな彼女は「森は資源だから。資源を失うと、奪い合う。争いごとが起きる」と仰っていたんです。民主化運動のひとつの象徴としての植林活動。それがグリーンベルト活動だと僕は思っています。
ヒマラヤにマナスルという日本隊が初登頂した8000メートルを超える山があって、現地ではジャパニーズマウンテンとも呼ばれています。僕は、2006年に清掃活動で行きましたが、エベレストほど有名ではないので、それほど多くの人たちが来るところではなく、ネパールの貧しい場所だったのです。かつては森だったところが、薪のために切ったり、隣接する中国が木を買いに来たりして、みんなで森から木を切っていったのです。

僕らはマナスル基金というのを立ち上げて5年かけて、その地に学校をつくりました。その学校で、「森というのはどういう意味があるのか」を学んでもらいたいと思っているのです。
マナスルで、こういうことがありました。冬虫夏草という漢方などで使う生薬が見つかったんです。そしたら先進国が、それを高額で取引する。それまでのんびり暮らしていた地元の人々は変わってしまいますよ。僕の隊のメンバーも、"盗んだ"という疑惑をあやうくかけられそうになって、説明して解放してもらいましたが、そのときにマータイさんのおっしゃることがわかってきました。だからこそ、森を作って来た日本のDNAを、その学校を中心にして、伝えたいと思いますね。